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多摩丘陵リアルぽんぽこ

tama

現在仕事場には20代前半から後半までの『ジブリがああなっちゃった後直撃世代』が多く、こないだの「となりのトトロ(宮崎駿監督 1988)」のオンエア前などキャピキャピ言うわけで。


ジブリで思い出したエピソードがある。
忘れたくないエピソードなので、書く。

平成になって間もない頃と記憶している。当時我が社はCX「ひらけ!◎◎キッキ」の人形劇コーナー「アップル◎ップ」を完パケ納品していた。今では信じられないバブルのしっぽ。
ルーキーの俺も美術製作を担当していたため、毎週川崎あたりの撮影スタジオに通っていた。
てっぺん越えは当たり前、朝までなんてこともしょっちゅうの現場で、帰り時間なんて決められるわけが無い。
だから撮影終了後は車で来ているスタッフが、近場の人たちまとめて相乗りさせて送るという白タク帰宅が専らだった。俺の場合は運転免許も無いし、当時我が社に勤めていた女性スタッフが町田のハズレで、日野まで遠回りして乗せて行ってくれるってのが定番だった(ヒデえな)。

その帰り道の事。
その日は早く収録が終わったのかな、なぜか多摩センターあたりでドライブしながらノンビリ帰ろうみたいな事になった(事にしといて)。あの頃の多摩丘陵はまだ原生林も多く残っていて(南大沢駅ができたかできてないか、みたいな頃ね)、開発ホヤホヤの道は広くて空いていて、ちょっと色っぽいドライブには最適なカンジだった(やっぱり不純じゃねえか)。
んで、いつもの道を外れて、まだ色の塗っていない「ピューロランド」の黒い塔を(マジだって)横目に見ながら、堀之内だか唐木田あたりの小道から多摩丘陵に車を走らせたってわけ。
車中いろんな話をして音楽を聴いて、特に目的のないドライブも飽いて、そろそろ帰ろうかみたいな時間。

あれって、もしかしたらもう夜中だったのかな。

家なんか一軒も無い住宅造成地を貫く急勾配の上り坂を走って行くと、そのてっぺんあたりに青い表示看板が迫り上がって来た(上り坂だからね)。
読むと。

「三本杉公園(仮名)」

「こんなとこに公園あるんだ」
そこはウロ覚えだが5叉路になっており、そこから分岐した道全て下り坂だった気がするから本当に丘陵のトップだったと思う。
「どうする」
「じゃあ帰るなら左で」
車は左折。下り坂を暫く走り、帰り道である鎌倉街道に出ようとなった。
車中の話はカーステで流れるロックなどで再び盛り上がっていた。

…って随分走ってないか?気づけばまた坂を登っている。
前方に迫り上がって来た看板を見て、二人とも苦笑。

「三本杉公園」

何してるんだか、戻って来ちゃった。心密かにこのまま帰るのは寂しいなと思っていたとはいえ、戻ってどうする。開発中の道だし、グルっと回っているだけだったのかもね、と今度はてっぺんを右折。

右に行ったなら帰り道はその右手。どっかで広い道右折すれば方向はあってるね。
で、さっきの話の続き。なんてしながら気づくと再び坂を登り出す車。
「ちょっと、コレまさか」
「なわきゃない…」

「三本杉公園」

絶句。
さっきと逆方向に走ってどうやったら戻るんだ?
ちょっと、徐行。変に道が曲がってる様子も無いよね。
俺も彼女も方向オンチではないし、この辺の道が鎌倉街道につながってないワケは無い。どっかを確実に曲がればいい事はわかってる。
じゃあ、今度は左の、さっきと違うナナメ方向の道、下りてみようか。

なぜってあの右斜めに下っている道、なんかイヤだから。
なんか道沿いに板塀が続いていてキモチわるいから。

よし、おしゃべりをやめて集中、集中。
これだと鶴川方面にくだっているよな。てことはこの尾根をグルっと回って反対側が帰り道だから、左折しいの、次大きい道右折。まちがってても鶴川街道、うまくいけば永山辺りに出るはず。そうこの辺、見た事ある気がするし…
「さっきまでの道の周りの景色、どうだったっけ?」

なぜかよく思い出せない。
あのピューロランドの黒い塔、あれしか思い出せないのはなぜ。それ以外は、なんか印象の薄い、ただの原っぱを走っていたようなカンジしか覚えてない。そんなわけないよな。でも、車のライトに照らされたススキのイメージだけが頭にある。そう、これと同じ様なススキの野っ原…
いや確実に同じ坂、登ってるよコレ!
「ヤダ!」
同乗者(運転者ネ)が半分悲鳴になって叫んだ。
他に曲がれる道なんてない!
錯覚、幻覚の類いではない。確かに迫り上がって来る看板の文字。

「三本杉公園」

遂に車は急停車。周りには誰もいない。車の影も無い。
耳を澄ましても音も消えてしまったようだ。かりに聞こえたとて、とても窓など開けられない。怖くて。
「帰れない…」
「ここから出られない…」
半ばパニックになりながらも縋る様に車を進めたのは残された最後の「イヤな」道。
板塀の続く、一番通りたくないあの道。
「もうここしかないから、一気に行こう」
最後の坂を下りながら助手席の俺が外を見る。
「ねえ、この左手の板塀の向う、墓だよ。卒塔婆の頭がのぞいてるもん」
「もうヤダ!ウギャー!」
「あ、そこ、右に曲がって!」

一回、もしかして数回(?)角を曲がったら明らかにさっきまでと違う雰囲気の道に出た。車もビュンビュン走ってる。あとは何だ、人の気配と言うか。しかも町田生まれの彼女なら一目で分かる様な大きい道。
「抜けた!」
とにかく生還の喜びよりも、不条理な体験に呆然自失状態の車中だった。
その後は無事送ってもらって何事も無く帰り着いたものの、二人でその日の事を回想できるようになったのは随分たってから。そのことが二人とも「信じる」というか、「腑に落ちる」まで時間がかかった事を表している。

で、数年後に公開された「平成狸合戦ぽんぽこ(高畑勲監督 1994)」のキャンペーンをテレビで見て(劇場?行くかよ)はじめて納得。

あのあたりはタヌキがいっぱいいたのだな。

開発で追われた彼らが、ヌルいデート気分で訪れた俺たちに最後のイタズラをしたってわけだ。高野山や六甲山みたいなスポットでもないのに貴重な体験ができて、今となってはウレシい。
ナカナカいい話でしょ、多分に記憶違いやねつ造、脚色入ってるとしてもさ(程度によるがな)。

以前元カノの「霊感少女(笑)」に、狭山の「尾崎の墓(笑)参り」の帰りに母と一緒に化かされてヒドい目にあった話を聞かされた時には、そんな事もあるのかなくらいに思っていたが、実体験だと複雑だ。

だってバカバカしくて信じてもらえそうにないから!

その後、日野市内を点々としていた俺が二軒目に借りたアパート、件の公園とは、鎌倉街道や多摩動物公園を挟んで真裏。ある日の仕事帰り、道で車にベッタリ引き潰されたタヌキの残骸をお巡りが片付けている場面に遭遇した。しかもウチの真ん前で。その時ふと思い出したのもこのエピソード。

あいつだったのかな、あの日のイタズラタヌキ。

というワケでジブリのアレは「実話の映画化」だって事でシメ。
てことは、もしかしたら「トトロ」も実話かもよ。

◎磁

P.S.
後日も後日、後年になってから地図でその日のコースを探したが、件の5叉路そのものが無かった。
数年で随分様変わりしたニュータウンとはいえ、ゾッ…
記憶違いってことで、決着。

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Author:◎磁
J.I.V.A.主宰。 
「不惑」を迎えるも、これまで総合演芸の名の下にあらゆる見世物に手を出し口を出し、何屋だかいよいよ分からなくなってきた「惑いっぱなし」のチンピラ中年。


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旧HP「電磁場」とのリンク期間終了しました。
これまでの活動報告やイベントレポートなどはリニューアルしてこちらでボチボチと引き継いでいます。これからの活動や仕事の話、主宰者の私事などもガチャガチャと書き散らしつつ。



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